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アストン・マーティン・ザガート

アストン・マーティンは、イタリアのカロッツェリア「ザガート」と共同で新しいコラボレーション・モデルを製作すると発表した。これは両社が初めて共作した「アストン・マーティン DB4GTザガート」の50周年を記念して企画されたプロジェクトだ。5月21日にイタリアで開催される「ヴィラ・デステ・コンコール」にて実車を初公開し、その後ドイツ・ニュルブルクリンクでレース・デビューする予定だという。

※2011年5月21日、イタリアで開催されたヴィラ・デステ・コンクールにおいて、「V12ザガート」を公開された。

V12ザガート
V12ザガート
V12ザガート

イタリア・ミラノを本拠とする「ザガート」は、第二次大戦前からスポーツカーやGT、レーシングカーのボディ製作とデザインを手掛けてきた名門カロッツェリアだ。現在では「SZデザイン」と名を改め、自動車をはじめとする工業デザインのコンサルティングや技術サービスを提供する企業となっている。ちなみに、現在の「SZデザイン」では、日本人の原田則彦がチーフデザイナーを務めている。

1919年に創立された「ザガート」は、航空機の機体製造技術を生かした軽量で空力的な車体設計・製造を得意とし、その個性的な美しさに現在でも多くのファンがいる。アルファロメオ「1750グランスポルト」「2300 8C」などが第二次世界大戦前の代表作である。戦後はウーゴの子息ジャンニに加え、1960年から69年まで在籍したエルコーレ・スパーダが加入したこともあって1950−60年代に全盛期を迎え、マセラティ・アルファロメオ・フィアット・ランチア・アバルト・ アストンマーチンそして時には定番のピニンファリーナに代わってフェラーリにも、特徴的な軽量でエアロダイナミックかつ前衛的な美しさを特徴とした車体を架装した。

今まで、主にイタリア車のボディを製作してきたザガートが、イギリスのアストン・マーティンと初めて手を結ぶことによって誕生したのが、「アストン・マーティン DB4GTザガート」だった。高性能グランド・ツアラー「DB4」をベースに、チューンされたエンジンと「ザガート」による軽量ボディを載せた「DB4GTザガート」は、レースにおいて高い戦闘力を発揮しただけでなく「イタリアン・デザインを纏ったイギリス車」として独特の魅力を持っており「最も美しいアストン・マーティン」と称された。

アストン・マーティン DB4GTザガート
アストン・マーティン DB4GTザガート
アストン・マーティン DB4GTザガート

「アストン・マーティン DB4GTザガート」が発表されたのは1960年だが、レースにデビューしたのは1961年である。つまり、それから数えると今年でちょうど50年になるというわけでだ。

なお、「DB4GTザガート」以外にも、これまでに「アストン・マーティン」と「ザガート」のコラボレーションから生まれた名車は存在する。

Aston Martin DB7 Zagato
Aston Martin DB7 Zagato
Aston Martin DB7 Zagato
Aston Martin DB7 Zagato

Aston Martin DB AR1
Aston Martin DB AR1
Aston Martin DB AR1

今回発表される新しい「アストン・マーティン・ザガート」は、まだ公式サイト上にチラ見せ程度の画像が掲載されたのみで、詳細が明らかになるまで後10日ほど待たなければならない。実車の公開後、顧客の反応次第で市販するかどうか決定するとのことだ。

どんなクルマが登場するのか、今から楽しみである。

余談ながら、1989年に日産自動車の子会社であるオーテックジャパンと共同開発した「オーテック・ザガートステルビオ」は、その斬新なデザインが話題を呼んだ。

オーテック・ザガートステルビオ

2代目「レパード」をベースに手作りのアルミ製ボディ+カーボンファイバー製ボンネットフードを乗せ、内装は総革張りという豪華な作りでバブル期を象徴する一台だった。生産台数は200台+プロトタイプ3台で、主に日本へ輸出された。名称の「ステルビオ」はアルプス山脈スイス・イタリア国境のステルビオ峠から由来している。また、ボディにフェンダーミラーを内蔵する独特のスタイルは、当時オーテックの社長だった、桜井眞一郎のアイディアといわれているが、奇抜ではあるもののデザイン的にはあまり評判は良くなかったようだ。

日本ではドアミラーが普及する以前はフェンダーミラーが一般的であったが、日本以外の国では一般的ではなく、「ザガート」のスタッフはフェンダーミラーの存在すら知らず、注文には困惑したと言われている。

 
 
 
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