2013年度鑑賞作品
ライフ・オブ・パイ
トラと漂流した227日
 
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ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日
荒々しい海に投げ出された少年に残されたのは、
小さなボートとわずかな非常食、そして一頭のトラ。
誰も見たことのない壮大な漂流生活が今始まる!

また「テッド」が観られなかった。公開初日の「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」を選択したからだ。この作品は、2002年にブッカー賞に輝いたヤン・マーテルの世界的ベストセラー小説「パイの物語」を映画化したもので、先日発表された第85回アカデミー賞では、最多の12部門にノミネートされたスティーブン・スピルバーグ監督の「リンカーン」に次いで、作品賞、監督賞を含む11部門にノミネートされている作品である。

ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日

余談ながら、「ブッカー賞」とは、世界的に権威のあるイギリスの文学賞で、その年に出版された最も優れた長編小説に与えられる。選考対象は、イギリス連邦およびアイルランド国籍の著者によって英語で書かれた長編小説で、小説に与えられる賞である。

1968年にフランスの「ゴンクール賞」のような賞をイギリスにもという提案により、イギリスの小売業者ブッカー・マコンネル社の後援のもと創設された。ちなみに、2002年からは運営がブッカー賞財団に移転、財団のタイトルスポンサーは投資会社のマン・グループである。それに伴い、名称も「ブッカー・マコンネル」賞 から、「マン・ブッカー賞 」に変更した。なお、「ブッカー賞」という呼称は通称である。

「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」は、大海原で嵐に巻き込まれ遭難し、小さな救命ボートに獰猛なトラと乗り合わせることになった1人の少年が、その後いかにして生き延びることが出来たのかを、「ブロークバック・マウンテン」でアカデミー監督賞に輝くアン・リー監督が、これまでにない新しい3D映像美で映画化した作品。

大海原で嵐に巻き込まれ遭難し、小さな救命ボートに獰猛なトラと乗り合わせることになった1人の少年

物語は、1人のカナダ人ライターが小説のネタを求めてモントリオール在住のインド系カナダ人パイ・パテルの自宅を訪ねるところから始まる。そして、インドからカナダに向かう貨物船が沈没し、16歳のパイがベンガルトラとともに救命ボートで約8カ月に及ぶ漂流生活の末、生還したという、信じられないような体験談が語られ始めた。

回想で進む物語は、幼少期に名前がもとで「いじめ」を受けた少年がその状況からどのように脱したか、また、動物たちと共に移住する船旅で大海原に投げ出された少年がなぜ生き延びることができたのか、そして、中年になった主人公が静かに語り伝える現在と、大きく3つのブロックから構成される。

モントリオール在住のインド系カナダ人パイ・パテルの自宅を訪ねるところから始まる

映画の前半は、誕生から少年期までのパイの生い立ちや、両親のこと、インドのボンディシェリで父親が経営する動物園のことなどについて描かれ、比較的平和で微笑ましエピソードが続く。ところが、一家がインドからカナダへの移住を決め、貨物船に乗りマニラを出航した途端、物語は急転する。

途中で嵐に遭遇し、船は沈没。運良く救命ボートに乗り移ることができたパイだったが、彼と同じように辛くも逃げ延びたシマウマやハイエナ、オランウータン、そして、「リチャード・パーカー」と名付けられていたベンガルトラも同乗するという最悪の状況に陥る。そして、家族を失くした悲しみに浸る間もなく、少年パイの過酷な漂流生活がスタートした。

少年パイの過酷な漂流生活がスタートした

早々にパイとリチャード・パーカーだけになる救命ボート。一瞬のスキを見せただけで命を奪われてしまう緊張感漂う命がけの共存生活。小さな筏を作り、トラから逃げるだけのパイだったが、自分が「食料にならないために」にはトラを飢えさせないことだと悟る。自分だけなら救命ボートにあるビスケットで何とか生きながらえるが、肉食のトラはそういう訳にはいかない。なかなか魚を捕獲することができないが、大量のトビウオがボートに飛び込んでくるというラッキーにも恵まれ、漂流の旅は続く。

大量のトビウオがボートに飛び込んでくるというラッキー

最初は逃げ回り、トラを敵視するパイだったが、やがて、トラとは大自然に対して共闘する運命共同体の「戦友」のような存在になるが、よくある動物映画のように慣れ合ったりはしない。このバランスのとれたクールな関係が絶妙。敵としか思えなかった相手と距離を保ちながら共存し、常に脅威を身近に感じることで緊張が体内に漲り、自らの衰弱を防いで生命力を保っているような感覚。トラの存在は捕食者であり、守護神でもあるようだ。

漂流生活の描写は素晴らしいの一言、オレンジ色の朝焼け、神秘的な海洋生物、満天の星空と、圧倒的な美しさに満ちている。斬新な映像美で彩られた迫力の3D映像は、今までの3Dにはない、透明感と幻想美、そして、臨場感に溢れ、観客の多くが体験してきたこれまでの3D映像をはるかに凌駕している。2Dでも公開しているが、この作品は絶対に3D版で鑑賞すべきだ。

ほとんどが海に漂うボートが中心の物語だが、深夜の海を妖しく照らすクラゲの大群の中から突如現れるシロナガスクジラ、イルカの大群やミーアキャットが群れて棲息する不思議な島など、神秘的で幻想的、そして、魔術的な映像で満たされており、観る者を飽きさせない。

深夜の海を妖しく照らすクラゲの大群
突如現れるシロナガスクジラ
神秘的で幻想的、そして、魔術的な映像 斬新な映像美で彩られた迫力の3D映像
観る者を飽きさせない

何と、トラのリチャード・パーカーはCGの産物だという。本物の4頭を合成したモノだというが、この技術には驚きだ。本物と見分けがつかないほど精巧である。なお、CG制作はアメリカのリズム&ヒューズ・スタジオ社が行なった。同社が手掛けた「ナルニア国物語」を見て、アン・リー監督が発注。ナルニアのライオンよりリアルにしたいというオファーに、アーティスティックな仕事ができることにリズム&ヒューズ・スタジオ社は喜び、調査研究と体制作りに1年かけたのち、制作に入った。CG技術は一体どこまで進化するのだろうか…。ま、本物のトラを使って、あんな撮影は無理だよなぁ〜と、妙に納得する。

また、主人公より人間らしい名前を持つトラ。監督はパイにそのトラを必ず「リチャード・パーカー」とフルネームで呼ばしている。「リチャードだけだと友達みたいな感覚になるが、トラには人間とは違う象徴的な意味を込めている」とアン・リー監督は言う。アニメ作品にあるような人間的な感情を持つ動物とは一線を画し、何を考えているのか分からない「怖い猛獣」という存在感をフルネームで表現している。

リチャード・パーカー

この作品の素晴らしさは、ありえない状況が持つ「物語の力」、幻想的な映像が持つ「映像の力」、そして、それらを生み出した「監督の力」に尽きる。

また、己の不運に何度も神を罵り、時折遭遇する奇跡には神に感謝、最後には彼の漂流自体が神の与えた壮大な試練だったと思えるまでになる運命に翻弄された少年の成熟を描いた過酷な神話でもある。パイとリチャード・パーカーが辿り着く先には一体何が待ち受けているのか。人生観すら変えてしまうような奇跡と感動のラストは必見だ。

オスカー候補も納得の作品だ。

パイとリチャード・パーカーが辿り着く先には一体何が待ち受けているのか。

※第85回アカデミー賞で、アン・リー監督が監督賞を受賞。他に、撮影賞、作曲賞、視覚効果賞を受賞。今年度の最多複数受賞を達成。

 

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