2013年度鑑賞作品
藁の楯
 
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懸賞金10億円の凶悪犯を護送せよ!

三池崇史は多彩な監督だ。現在は日本映画大学である横浜放送映画専門学院出身の三池の師である今村昌平は、同校の創設者であり、カンヌ映画祭のパルムドールを2度受賞している映画監督。

自分にできることを自分らしくやればいいんじゃないか…と、今村に教えられ、何かを真似たり、自分にないものを求めたりするのではなく、自分にあるものを見つめて撮っていくということを学んだ。映画は「自分は違うんだ」ということを表現するための道具ではなく、自然に表現していけば、そこに自然と違いがでてくる。それが個性であり、自分の個性なんてことはあまり意識しないでやるべきだという今村の教えを守っている三池。

三池崇史

三池はどんなジャンルの映画でも撮れるし、どんなジャンルの映画を撮っても三池の個性ははっきり出る。ヤクザ映画、ホラー、ヒーローもの、ミュージカル、時代劇、西部劇、学園もの…。ある意味一貫性がないようだが、どんな映画にも三池の刻印が刻まれている。つまり、三池はいつも自然体なのだろう。

現在公開中の「藁の楯」は、先日カンヌのコンペティション部門で上映され、中には辛辣なメディアの酷評もあったが、観客の反応は上々で、上映後には5分間のスタンディングオベーションも起こった。三池の刻印が観客に伝わったことの証明だ。カルト映画作家として欧州でも脚光を浴びた三池だが、近年は「十三人の刺客」が2010年のベネチア、「一命」が11年のカンヌと、3大映画祭のコンペへの出品が続いている。

観客の反応は上々で、上映後には5分間のスタンディングオベーションも起こった。

コンペ向きの作品とは思えなかった「藁の楯」が選ばれたことについて、三池は「正直、意外だった」と告白する。しかし、映画は完成した以上、見る人によって発見されるものであり、賛否両論巻き起こればいいと腹をくくっている。パルムドールの受賞結果は日本時間の27日未明に発表されるが、すでに20か国以上の配給オファーがあるという。興行的には成功した作品であることは間違いない。

「藁の楯」の原作は「ビー・バップ・ハイスクール」シリーズで知られる漫画家の木内一裕の小説家としてのデビュー作。被害者の遺族から「殺してくれたら10億円」という巨額の賞金をかけられた猟奇殺人犯を護送するという使命を帯びたSPたちの苦悩と正義感が痛々しく描かれた秀作。

藁の楯

幼い少女が惨殺される事件が起き、藤原竜也演じる清丸国秀が容疑者として指名手配される。清丸は同じような殺人事件で有罪判決を受け、仮釈放されたばかりの、ある意味救いようのない異常者。7歳になる孫娘を惨殺された祖父で財界のドンである蜷川隆興は「清丸を殺し、有罪判決を受けた者に10億円の謝礼を支払う」という新聞広告を出す。淡々とした枯れた狂気漂う蜷川を演じる山崎勉の存在感はさすがだ。

「清丸を殺し、有罪判決を受けた者に10億円の謝礼を支払う」という新聞広告を出す

それまで匿ってもらっていた仲間に殺されかけ、身の危険を感じた清丸は福岡県警に出頭する。人間を殺して大金を得る。そんな常軌を逸した行動を許せば警察の威信にかかわると、警視庁までの護送に敏腕SPの銘苅一基と白岩篤子が清丸の警護を命じられる。捜査一課の奥村と神箸、福岡県警の関谷と合流した2人は、福岡から陸路で護送を開始するが、それは誰もが暗殺者となり得る壮絶な旅の始まりだった。

圧倒的な数の警察車両で挑んだ高速道路での護送は、逆走する巨大トレーラーの特攻によって車列が粉砕され、おまけにウジャウジャいる警察官の中から清丸を狙う者が出て作戦失敗。陸路での護送をあきらめざるを得ない状況に陥る。

圧倒的な数の警察車両で挑んだ高速道路での護送

以前、「逃がしてくれた奴に1億ドル払う」と叫ぶ麻薬王を奪還しようとする無法者と警察の攻防を描いたハリウッド映画の「S.W.A.T.」とは逆バージョンだが、「藁の楯」は心情的にけっこう深いテーマを扱っている。金が他人の生殺与奪権を握る資本主義の格差社会も問題だが、そもそも確実に死刑になる猟奇殺人犯を命がけで守る価値などあるのかという法治国家の正義とは一体何かが問われる。

もしも10億の金が手に入るなら、10年くらい刑務所に入ってもかまわないと考える輩は決して少なくない事も理解できる。また、自分が刑務所に入っても家族は助かると考える者もいるだろう。ましてや、未遂に終わっても1億円貰えるとなればトライする価値は大きい。自分を守ってくれているという感謝の気持ちが微塵もない清丸は、本当に守る価値のある対象なのか。異常者の殺人鬼を自分の身体を盾にして守るSPの正義感と虚無感とのせめぎ合い。

異常者の殺人鬼を自分の身体を盾にして守るSPの正義感と虚無感とのせめぎ合い
異常者の殺人鬼を自分の身体を盾にして守るSPの正義感と虚無感とのせめぎ合い

陸路をあきらめ、次に密かに乗り込んだ新幹線では、何者かによって乗車車両の情報がリークされ、今度は列車ゆえの逃げ場の無さが一行を追い詰める。護送チームの中にも裏切り者がいる可能性が生まれ、いつ誰が敵になるのか分からず、お互い疑心暗鬼となって対立が生まれる状況。そして、襲撃により護衛チームに犠牲者が出ることで、ますます命がけで清丸を守る事の意味が各々の中で問われることになる。

なお、日本では撮影許可が下りない新幹線の映像のため、台湾まで出向いて映像を作り上げた三池監督のこだわりが感じられ、緊迫感が伝わる迫力ある映像に仕上がっている。

、襲撃により護衛チームに犠牲者が出ることで、ますます命がけで清丸を守る事の意味が各々の中で問われることになる

たった1人の兵士を救うために、多大な犠牲を払って救出作戦を行う映画もあった。このジレンマにも共通する要素はあるのだが、国のために働き、危機に陥った一兵士を救出するのと人間のクズである猟奇殺人犯の命を守ることを同じ天秤で比べてもいいモノだろうか。人間の命は平等であるの前提が、心情的には果たしてそうなのだろうか自問する。

緊迫した状況の中で、清丸を殺そうとする人々、守ろうとする人々それぞれの背景が明かされる度、観客の気持ちも揺れる。清丸を殺そうとする者を逆に殺さなければならない状況下は、まさに究極の選択である。観客はそれぞれの立場で自分ならどうするということを自問自答する。

清丸を殺そうとする者を逆に殺さなければならない状況下
清丸を殺そうとする者を逆に殺さなければならない状況下

そんな中、大沢たかお演じるSPの銘苅だけが唯一ブレない警護を努める。ただ、彼には無謀運転の再犯者によって妻をひき殺された過去があり、本来清丸の様な犯罪者を一番許しがたく思っている人物である。しかし、彼は度々の誘惑にも動じず、新幹線を降りていよいよ孤立無援となっても、任務を遂行しようとする。銘苅と白岩篤子が清丸の護送任務に選ばれた事自体が、金の力で警視庁内部にまで入り込み、用意周到に仕掛けられた蜷川のトラップであったことは知る由もなかった。卑劣な犯罪によって家族を失った銘苅なら、最後の最後で清丸を殺したいという願望に抗えないはずであり、白岩は幼い子供をかかえたシングルマザーで、清丸のような幼児性愛性異常者を忌み嫌っている。

大沢たかお演じるSPの銘苅だけが唯一ブレない警護を努める
白岩は幼い子供をかかえたシングルマザーで、清丸のような幼児性愛性異常者を忌み嫌っている
用意周到に仕掛けられた蜷川のトラップ

最後は、金で権力をも買い自分の復讐を遂げようとする蜷川と、心の奥に疼く黒い願望を法と正義に基づく理性によって押さえ込んできた銘苅の、全く異なる理念を持った2人が対峙する。清丸の様な男を憎む気持ちは同じだが、蜷川は人を憎み、銘苅は罪を憎む。また、蜷川のやっていることは、金によって貧者を踊らせ、自分の換わりに罪を犯させる卑劣な行為とも言える。

警護中何度も問われてきた「正義の意味」が、この映画でもクライマックスの葛藤となる。倫理的には正義が傷つきながらも勝ち、間違った者は流された血を見て非を認めるというのが教科書的だが、「藁の楯」の結末がどのような答えを用意したのかは劇場で確認してほしい。決して爽快感漂うものではないが、清丸が発するセリフに、ある意味現実的な後味の悪さを覚える結末であることは三池作品らしさかも知れない。

また、女性SPを演じたのは、テレビドラマ「家政婦のミタ」の記憶も新しい松嶋菜々子。「家政婦のミタ」ではこれまでのイメージをガラリと変えて日本中を驚かせた松嶋だったが、「藁の楯」でのイメージチェンジは案外それ以上の驚きをもたらすかも知れない。ただ、もう少しブスな(失礼!)女優をキャスティングした方が、よりリアルな雰囲気があったかも知れない。

「藁の楯」でのイメージチェンジは案外それ以上の驚きをもたらすかも知れない

救いようのない清丸を演じた藤原竜也の演技はなかなかのものである。ある映画評などでは、清丸がどうしてこんな犯罪者になったのかという描写がないとか、登場人物の背景描画がスポイルされており、ドラマに深みが感じられないなどの批評もあるが、そんな人間ドラマ的なものを望むのも勝手だが、そんなエモーショナルな要素はこのような映画には必要ないというのが個人的な考えである。

どうして、清丸のような怪物が誕生したというのではなく、そこにいる清丸が「なんてヤツ」だと観客に嫌悪感を感じさせれば成功だ。その点、藤原竜也の表情の緩急は充分に不気味さと卑劣さが表現されていたし、大沢と1対1で対峙するときの目からはゾッとするほどの狂気が感じられる。あらゆる共感を拒む凶悪犯を見事に怪演した藤原竜也は凄い!そして、最後まで自分の中の正義を貫こうとする大沢の演技にも拍手。大出差に言えば、この2人の名優をキャスティングしたことで、この作品の成功が予め約束されていたかのようだ。

この2人の名優をキャスティングしたことで、この作品の成功が予め約束されていたかのようだ

面白い原作と三池監督のコラボは邦画を代表するエンターテイメント作品に仕上がった「藁の楯」。手に汗握る2時間5分の力作を劇場の大スクリーンで鑑賞してほしい。

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