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2017 May. 18

展覧会あれこれ

大阪の「あべのハルカス美術館」では、6月6日から7月17日までの期間、展覧会「没後70年 北野恒富展 なにわの美人図鑑」が開催される。

没後70年 北野恒富展 なにわの美人図鑑

北野恒富は、大阪の女性たちを描き続けた画家。「画壇の悪魔派」と呼ばれた妖艶美漂う初期の作品から、次第に内面表現を深化させた作品を生み出すようになる。そして、モダンな感覚を秘め、上品な華やかさを表す「はんなり」に到達。

「願いの糸」大正3年(1914) 木下美術館
「願いの糸」大正3年(1914) 木下美術館

「鏡の前」大正4年(1915)滋賀県立近代美術館
「鏡の前」大正4年(1915)滋賀県立近代美術館

「暖か」大正4年(1915)滋賀県立近代美術館
「暖か」大正4年(1915)滋賀県立近代美術館

「新浮世絵美人合 三月 口紅」大正6〜7年(1917〜18)頃 個人蔵
「新浮世絵美人合 三月 口紅」大正6〜7年(1917〜18)頃 個人蔵

「三味線」大正10年(1921)石川県立美術館
「三味線」大正10年(1921)石川県立美術館

「戯れ」昭和4年(1929)東京国立近代美術館
「戯れ」昭和4年(1929)東京国立近代美術館

「宝恵籠」昭和6年(1931)頃 大阪府立中之島図書館
「宝恵籠」昭和6年(1931)頃 大阪府立中之島図書館

「春」昭和6年(1931)島根県立石見美術館
「春」昭和6年(1931)島根県立石見美術館

大阪で初の本格的な大回顧展となる今回の展覧会では、その生涯で生み出した作品約190点を一挙に公開。見ているだけで迫力が伝わってくる「淀君」や大阪の良家の姉妹を描いた「いとさんこいさん」など、大阪にゆかりのある女性たちがバリエーション豊かに描かれている。

「淀君」大正9年(1920) 耕三寺博物館
「淀君」大正9年(1920) 耕三寺博物館

「いとさんこいさん」昭和11年(1936)京都市美術館
「いとさんこいさん」昭和11年(1936)京都市美術館

また、代表作の素描を収めたスケッチブックも多数展示される。そこから作品が実際に描かれるまでの過程を覗き見ることが可能。さらに、当時、新しい時代を感じさせるとして人気を博したアールヌーヴォー調の妖艶な美人のポスターなども多数展示、商業デザイナーとしての側面も紹介していく。

「スケッチブック13」昭和10年(1935) 個人蔵
「スケッチブック13」昭和10年(1935) 個人蔵

「ポスター原画:島屋」昭和4年(1929) 島屋史料館
「ポスター原画:島屋」昭和4年(1929) 島屋史料館

そして、北野恒富が設立した画塾「白耀社」の島成園や、中村貞以らの名作もあわせて展示。近代大阪画壇の巨匠の豊かな芸術観をじっくり感じ取ることができる展覧会である。

木谷千種「をんごく」大正7年(1918)大阪新美術館建設準備室
木谷千種「をんごく」大正7年(1918)大阪新美術館建設準備室

東京の上野「国立西洋美術館」では、6月20日から9月24日までの期間、「アルチンボルド展」が開催される。

ジュゼッペ・アルチンボルドは、16世紀後半にウィーンとプラハのハプスブルク家の宮廷で活躍したイタリアのミラノ生まれの画家である。

Giuseppe Arcimboldo

自然科学に深い関心を示したマクシミリアン2世、そして、稀代の芸術愛好家として知られるルドルフ2世という神聖ローマ皇帝たちに寵愛されたアルチンボルドは、歴史上でもひときわ異彩を放つ、宮廷の演出家であった。

「アルチンボルド」の名は何よりも、果物や野菜、魚や書物といったモチーフを思いがけないかたちで組み合わせた、寓意的な肖像画の数々によって広く知られている。奇想と知、驚異と論理とが交錯するそれらの絵画は、20世紀のシュルレアリスム以後のアーティストたちにも大きな影響を与えている。

ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世
ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世

そんなアルチンボルドを日本で初めて本格的に紹介する今回の展覧会。

代表作「春」「夏」「秋」「冬」など、世界各地の主要美術館が所蔵するアルチンボルドの油彩約10点を中心に、アルチンボルドのイメージ世界の生成の秘密に迫る展覧会となっている。

春

夏

秋

冬

そして、「アルチンボルド展」終了後、10月21日から2018年1月28日までの期間、「国立西洋美術館」では「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」が開催される。

北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃

展覧会名に記されている「ジャポニスム」とは、日本美術からヒントを得た西洋の美術家や建築、音楽、文学、演劇などに携わる人々による、19世紀後半の新しい創作活動を意味する。日本は17世紀初めから19世紀まで、西洋と交流の取らない鎖国体制を取っていたため、開国と同時に放たれた日本文化は、西洋人にとって新鮮なものに映った。

日本の表現方法を取り入れ、自分たちの芸術を発展させる「ジャポニスム」。そこに身を置く芸術家たちがとりわけ好んだのが、日本を代表する浮世絵師の葛飾北斎だった。歌川広重、喜多川歌麿など数々の絵師の中でも、北斎は、人物・動植物・風景・建築、すべてを1人で網羅できる絵師として「Hokusai=浮世絵」と認識されるほど、多くの人気と名声を集めていた。

葛飾北斎

北斎への憧れは、西洋美術の巨匠たちにも及んだ。モネ、ドガ、ゴッホ、ゴーガン…彼らもまた、北斎作品からの刺激を自分たちの新しい芸術に取り入れていった人物。「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」には、北斎の錦絵約30点、版本約60冊だけでなく、国内外の美術館などから、モネ、ドガ、セザンヌなどの名作約200点も集結が予定されている。

つまり、北斎作品とそこから影響を受けた西洋美術を同時に比較できる、世界で初めて日本発の「北斎とジャポニスム」という視点で編み直す展覧会となる。

この展覧会では、西洋美術家たちがどのように北斎作品を自身の作品へ取り込んでいったのかを紐解く。モネやセザンヌ、メアリー・カサットなどの作品は北斎の影響を受けている可能性が大きく、北斎の表現法を自身の体験と重ね合わせて制作したと考えられる。

クロード・モネ「陽を浴びるポプラ並木」
クロード・モネ「陽を浴びるポプラ並木」

葛飾北斎「冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷」
葛飾北斎「冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷」

ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山」
ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山」

葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二」
葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二」

メアリー・カサット「青い肘掛け椅子に座る少女」
メアリー・カサット「青い肘掛け椅子に座る少女」

葛飾北斎「北斎漫画」初編(部分)
葛飾北斎「北斎漫画」初編(部分)

また、「踊り子の画家」と呼ばれるドガの重要なモチーフであるバレリーナを描いた「踊り子たち、ピンクと緑」も北斎作品からの影響を受けているように見える。「北斎漫画」に登場する品物の何気ないポーズは、ドガの研究心を刺激し、作品に影響を与えた。

エドガー・ドガ「踊り子たち、ピンクと緑」
エドガー・ドガ「踊り子たち、ピンクと緑」

葛飾北斎「北斎漫画」十一編(部分)
葛飾北斎「北斎漫画」十一編(部分)

展覧会を見終える頃には、2つの疑問に対する答えが見つかるはずだ。1つは、西洋の人々から見て北斎はどんな人物であったのか。

そして、彼から学んだ人々は、どんな作品を残したのか。私たちの身近な日本人絵師の葛飾北斎の魅力を再発見すると同時に、新しいものを作り出そうとする西洋人の芸術エネルギーを感じられる展覧会となるはずである。

画家、版画家、さらに、著述家などマルチな顔を持つオットー・ネーベル。ベルリンに生まれ育ち、若き頃から好奇心旺盛だったネーベルは、学生時代は建築を専門に学び、のちに演劇学校にも通っていたという。

そんな彼が画家の世界に踏みだす以前、人生における大きな出会いがあった。それが、ワイマールにあるバウハウスで一緒になったパウル・クレーとワシリー・カンディンスキー。ネーベルは彼らの作品から多大な影響を受け、生涯にわたる友情を育むこととなる。

オットー・ネーベル

ネーベルは1919年に画家になろうと決意。きっかけとなったのは、フランツ・マルクの展覧会であった。大胆なタッチと鮮やかな色彩で当時人気を博していた彼の絵は、ネーベルの心をも射止めた。「子供の魂から生み出された」とネーベルが語る色彩豊かな明るい作品の数々は、マルク、そして、同時期に活躍したシャガールからインスピレーションを受けたものだ。

「アスコーナ・ロンコ」 1927年
「アスコーナ・ロンコ」 1927年

画家として活動をスタートした彼の作品は、多様性に溢れていた。そんな中、イタリアへの旅は彼を大いに魅了し、各都市での色と形の探究成果はスケッチブック「イタリアのカラー・アトラス(色彩地図帳)」に美しくまとめられた。

《ナポリ》「イタリアのカラー・アトラス(色彩地図帳)」より 1931年
《ナポリ》「イタリアのカラー・アトラス(色彩地図帳)」より 1931年

《ポンペイ》「イタリアのカラー・アトラス(色彩地図帳)」より、1931年
《ポンペイ》「イタリアのカラー・アトラス(色彩地図帳)」より、1931年

また、学生時代に学んだ建築分野を活かした作品も作成しており、都市の建築物の構成を単純化された立方体や結晶体の形にあてはめ、色彩のコントラストを用いた絵画も発表している。

「建築のフォルムと緑」 1931年
「建築のフォルムと緑」 1931年

「ムサルターヤの町 W 景観B」 1938年
「ムサルターヤの町 W 景観B」 1938年

そして、後半生は自身の挑戦をオーケストラの指揮者になぞらえた音楽を感じさせる絵画を目指した。敬愛するカンディンスキーのように現実にある物体を再現するのではなく、抽象的な物体を捉える絵画を描いた。

「避難民」 1935年
「避難民」 1935年

「地中海から(南国)」 1935年
「地中海から(南国)」 1935年

「コン・テネレッツァ(優しく)」 1939年
「コン・テネレッツァ(優しく)」 1939年

それらの作品の名前には、「ドッピオ・モヴィメント(二倍の速さで)」という風に音楽用語を使用し、さらに、絵画自体からもリズムを感じられるように構成されている。とりわけ1933年にドイツを離れた後、彼の作品世界はさらに広まっていった。

「ドッピオ・モヴィメント(二倍の速さで)」 1936年
「ドッピオ・モヴィメント(二倍の速さで)」 1936年

1962年に訪れた中東のイメージを取り入れながら造形的、色彩的な探究によって制作へと臨んだ。「明るい黄色の出来事」「叙情的な答え」といった色と形だけで自立した作品は、豊かな精神性に満ち溢れ、色と形の冒険を生涯追い求めたネーベルの代表作として愛されている。

「明るい黄色の出来事」 1937年
「明るい黄色の出来事」 1937年

「叙情的な答え」 1940年
「叙情的な答え」 1940年

そんなオットー・ネーベルの日本初回顧展が、この秋、渋谷の東急本店横にある「Bunkamura ザ・ミュージアム」で開催される。

期間は10月7日から12月17日(まで。なお、2018年4月28日から6月24日までは、「京都文化博物館」で巡回開催される予定。

オットー・ネーベル回顧展

この展覧会は、彼が後半生を過ごしたスイスのベルンに位置するオットー・ネーベル財団の全面的な協力を得て実現。彼のバリエーション豊かな作品が一堂に会するだけでなく、クレーやカンディンスキー、シャガールなど同時代の画家たちの作品もあわせて紹介。

ネーベルが様々な画風を実験的に取り入れながら独自の様式を確立していく過程に迫っている。

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