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2018 Apr. 2

ルーヴル美術館展 肖像芸術

5月30日から9月3日までの期間、「国立新美術館」企画展示室1Eで、「ルーヴル美術館展 肖像芸術 人は人をどう表現してきたか」が開催される。また、巡回展として、9月22日から2019年1月14日まで、「大阪市立美術館」で開催される予定。

ルーヴル美術館展 肖像芸術

人の似姿を描く肖像は、スマホの高性能カメラで意のままに自分を撮ることが当たり前となった現代社会において、いまや最も身近な芸術といえるかも知れない。しかし、一方で肖像は最も長い歴史を持つ芸術ジャンルでもある。

この展覧会では、3000年以上も前の古代メソポタミアの彫像や古代エジプトのマスクから、19世紀ヨーロッパの絵画・彫刻まで、きわめて広範にわたる時代・地域の作品を対象としながら、肖像が担ってきた社会的役割や表現上の特質を浮き彫りにする。身近でありながら、奥深い肖像芸術の魅力に迫る本格的な展覧会である。

「ルーヴル美術館」の全8部門、「古代オリエント美術」「古代エジプト美術」「古代ギリシャ・エトルリア・ローマ美術」「イスラム美術」「絵画」「彫刻」「美術工芸品」「素描・版画」が総力をあげた企画で、各部門を代表する肖像の傑作およそ110点を一挙に堪能できる、きわめて貴重な機会となる。

16世紀ヴェネツィア派の巨匠ヴェロネーゼによる「美しきナーニ」は、「ルーヴル美術館」が所蔵する数々のルネサンスの肖像画のなかでも、最高傑作の1つとして名高い作品。この至高の肖像画が、今回27年ぶりに来日を果たす。

ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)《女性の肖像》、通称《美しきナーニ》1560年頃
ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)《女性の肖像》、通称《美しきナーニ》1560年頃

今回、古代エジプトのアメンヘテプ3世、マケドニアのアレクサンドロス大王、アウグストゥス帝やカラカラ帝などのローマ皇帝、ルイ14世をはじめとする歴代のフランス国王、そして、フランス王妃マリー=アントワネットなど、歴史を彩った時の権力者たちの肖像が一堂に会する。

なかでも大きな見所となるのが、フランス皇帝として名を馳せたナポレオンのコーナー。将軍時代を経て、皇帝として最高権力を手にしながらも、追放先の孤島で孤独な最期を迎えることになったナポレオン。

アントワーヌ=ジャン・グロ《アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)》1796年
アントワーヌ=ジャン・グロ《アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)》1796年

フランチェスコ・アントンマルキ《ナポレオン1世のデスマスク》1833年
フランチェスコ・アントンマルキ《ナポレオン1世のデスマスク》1833年

クロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》1813年
クロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》1813年

その激動の人生を、アントワーヌ=ジャン・グロの傑作「アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)」をはじめとする5点の作品で辿っている。

■プロローグ
マスク 肖像の起源
展覧会の扉を開くこのセクションでは、肖像の起源に位置づけられる、古代エジプトの2つの異なるタイプのマスクを紹介。

古代エジプトでは、来世での生を死者に確約するために、亡骸をミイラにした。古王国・中王国時代(前2700頃−前1710頃)はミイラの頭を直接マスクで覆ったが、新王国時代(前1570頃−前1070頃)にはミイラをかたどった人型棺が普及し、その蓋の頭部がマスクで飾られるようになる。

《棺用マスクの顔の部分》新王国時代、第18王朝、アメンへテプ3世の治世(前1391-前1353年)エジプト出土
《棺用マスクの顔の部分》新王国時代、第18王朝、アメンへテプ3世の治世(前1391-前1353年)エジプト出土

この時代のマスクの顔は、故人の容貌に似せたものではなく、理想化・様式化された顔でった。しかし、時代が下って1−3世紀頃になると、ミイラの顔は板に描かれた肖像画で覆われるようになる。「ファイユームの肖像画」と通称されるこのタイプのミイラ肖像画では、写実性・肖似性が重視され、故人の顔立ちが生き生きと描写された。

《女性の肖像》2世紀後半 エジプト、テーベ(?)出土
《女性の肖像》2世紀後半 エジプト、テーベ(?)出土

来世で生き永らえるという同じ願いに根ざし、同じエジプトで制作されながら、対極的な表現をなす2つのマスクは、あらゆる肖像作品に通底する「理想化・様式化」と「写実性・肖似性」という問題を象徴的に示している。

■第1章
記憶のための肖像
第1章では、「人の存在を記憶する」という肖像の最も古い役割に焦点を当てながら、神々に捧げるため、あるいは子孫に残すために制作された古代から19世紀までの肖像作例を紹介。

古代の地中海世界には、祈願が成就したときの返礼として、あるいは信心の証しとして、神々や英雄など信仰の対象に、自分の分身となる像に信心の記憶を託し、自身の像を奉納する習慣があった。

《ボスコレアーレの至宝 エンブレマの杯》35-40年頃 イタリア、ボスコレアーレ出土
《ボスコレアーレの至宝 エンブレマの杯》35-40年頃 イタリア、ボスコレアーレ出土

もう1つ、記憶という肖像の機能が発揮された主要分野が「葬礼美術」。古代には、亡き人や親族の記憶をこの世に残し、その永遠性を記念するために、肖像表現をともなう墓碑が幅広い地域で作られていた。

シリアのパルミラ出土の「女性の頭部」は、その一例。

《女性の頭部》150-250年 シリア、パルミラ出土
《女性の頭部》150-250年 シリア、パルミラ出土

そして、キリスト教文化が普及した中世以降のヨーロッパでも、墓碑に故人の肖像彫刻を用いる習慣は存続した。その表現は、時代や地域、社会によってさまざまに異なるが、第1章では中世末期から19世紀半ばまで、フランスの作例を中心に紹介。

■第2章
権力の顔
「記憶」と並び、肖像芸術が最も古くから担ってきたもう1つの役割が「権力の顕示」。

王や皇帝など最高権力を振るった君主にとって、自らの似姿である肖像は権勢を広く知らしめる最も有効な手段であった。そこには、誰が見ても君主だと分かるように、各時代・地域・社会の文脈に応じて構築された表現コード(決まった表現の仕方・表現上のルール)が用いられている。

《アレクサンドロス大王の肖像》、通称《アザラのヘルメス柱》2世紀前半
《アレクサンドロス大王の肖像》、通称《アザラのヘルメス柱》2世紀前半

たとえば、紀元前三千年紀末頃の古代メソポタミアの王は、「ハンムラビ王の頭部」と通称される像のように、縁のある被り物を被った姿で表された。

王の頭部》、通称《ハンムラビ王の頭部》バビロン第1王朝、前1840年頃 イラン、スーサ出土
《王の頭部》、通称《ハンムラビ王の頭部》バビロン第1王朝、前1840年頃 イラン、スーサ出土

また、フランス皇帝ナポレオンは、古代ローマの皇帝像とフランスの国王像の双方の表現コードを自らの肖像に巧みに取り入れ、君主としての正当性を強調する戦略をとっている。こうした権力者の肖像は、頭部像、胸像、全身像などの彫刻、絵画や版画から、持ち運ぶことのできるタバコ入れ、貨幣やメダルまで、多岐にわたる媒体に表現され、国土の隅々まで伝播ぱした。

セーヴル磁器製作所(ルイ=シモン・ボワゾに基づく)《フランス王妃マリー=アントワネットの胸像》1782年
セーヴル磁器製作所(ルイ=シモン・ボワゾに基づく)《フランス王妃マリー=アントワネットの胸像》1782年

セーヴル磁器製作所《国王の嗅ぎタバコ入れ》1819-1820年
セーヴル磁器製作所《国王の嗅ぎタバコ入れ》1819-1820年

第2章では、絶対権力を握った君主や、王妃・王女を表した作品を通して、権力者の肖像表現の特質を浮かび上がらせる。

さらに、古代ギリシャの詩人ホメロスから19世紀フランスの文豪バルザックまで、「精神の権威」ともいうべき哲学者や文学者の肖像を紹介。

■第3章
コードとモード
古代以来の「記憶」のための肖像、そして、「権力の顕示」のための肖像は、王侯貴族や高位聖職者のみが制作できた特権的なジャンルであった。しかし、ルネサンス以降のヨーロッパでは、社会の近代化にともなってブルジョワ階級が次第に台頭し、有力な商人や銀行家から、さらに、下の階層まで肖像のモデルの裾野が広がっていく。

サンドロ・ボッティチェリと工房《赤い縁なし帽をかぶった若い男性の肖像》1480-1490年頃
サンドロ・ボッティチェリと工房《赤い縁なし帽をかぶった若い男性の肖像》1480-1490年頃

こうした肖像は、古代より培われた上流階級の肖像表現のコード(決まった表現の仕方・表現上のルール)を踏襲しつつ、一方では、各時代・地域・社会に特有のモード(流行)を反映しながら、じつに多様な展開を遂げた。

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン《エカチェリーナ・ヴァシリエヴナ・スカヴロンスキー伯爵夫人の肖像》1796年
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン
《エカチェリーナ・ヴァシリエヴナ・スカヴロンスキー伯爵夫人の肖像》1796年

たとえば、衣服や装身具の描写は、「記憶」と「権力の顕示」のための肖像にも、ルネサンス以降のより幅広い階層の人々の肖像にも欠かせない表現コードであったが、前者ではモデルの社会的地位や役割を伝え、その存在の永遠性を記念する機能を担ったのに対し、後者では時代のモードに即した衣服や装飾品が取り入れられ、モデルの人柄や個性、そして、彼らの一瞬の生の輝きを伝える役割を果たした。ルネサンスのヴェネツィア女性ならではの優雅なドレスや宝飾品の繊細な描写によって、モデルの魅力を際立たせたヴェロネーゼの傑作「美しきナーニ」は、その好例といえる。

第3章では、ルネサンスから19世紀までのヨーロッパ各国の肖像作例を、男性、女性、子どもと家族などの主題別に紹介しながら、コードとモードが錯綜するなかでどのような肖像表現が展開されたのかを考察する。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《ヴィーナスとキューピッド》1657年頃
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《ヴィーナスとキューピッド》1657年頃

■エピローグ
アルチンボルド 肖像の遊びと変容
今回の展覧会を締めくくるのは、16世紀後半に活躍した奇才の画家ジュゼッペ・アルチンボルドの「四季」連作に属する2点の傑作、「春」と「秋」。ハプスブルク家の宮廷で三代にわたる神聖ローマ皇帝に仕えたアルチンボルドは、さまざまな動植物や事物を寄せ集めて構成し、複雑な寓意を込めた奇抜な人物画によって絶大な人気を博した。その人気を支えていたのは、彼の絵画の最大の特徴である「多義性」。

鑑賞者は、「春」のなかに人物の姿を見ながら、同時にそれを構成する花の1つ1つを識別することができ、1点の絵画を肖像画としても静物画としても楽しむことができる。

ジュゼッペ・アルチンボルド作 連作「四季」(春)1573
ジュゼッペ・アルチンボルド作 連作「四季」(春)1573

また、多種多様な植物が寄せ集まったイメージには、「春」の季節の寓意と同時に、森羅万象を掌握するかのような強大な権力の隠喩を読み取ることができる。表現と意味内容のいずれにおいても多義性を持つこうしたイメージは、人文主義に根ざしたルネサンスの宮廷文化のなかで、視覚と知性の双方を楽しませる奇想として支持を得た。

ジュゼッペ・アルチンボルド作 連作「四季」(秋)1573
ジュゼッペ・アルチンボルド作 連作「四季」(秋)1573

ただ1人の人物に似ていること…「肖似性」を本来的特徴とする肖像は、多義性とは相容れないように思われる。しかし、興味深いことに、ルネサンスから20世紀のシュルレアリスムに至るまで、多義性を帯びた奇想が最も華々しく展開された芸術ジャンルは、肖像であった。エピローグでは、見る人の視線によって多義的イメージに変容する肖像の醍醐味を、アルチンボルドの作品を通して堪能出来ること間違いない。

 
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